Writing

「経済原理」パンフレット的に(「荒野」)

HAPS「ニューパトロン、ニューアーティスト」へ寄せて

橋本聡2018

作品

たとえば、売買や所有の対象ではなく貨幣に対するオルタナティブとして、ここでの「作品」はあります。しかしながら、円の代わりにドルやユーロ、あるいはビットコインを求め、投資の対象として株や不動産を求める、こういった延長で作品を扱うのでは、そのパフォーマンスは現れません。生産、分配、交換、投資、労働、搾取、売買、貯蓄、消費、散財、詐欺、非営利、助成、寄付 … などとは異なる経済の在り方として、あるいは経済の解体として、ここでの作品はあります。

アーティスト

アーティストとはなにか。アーティストという言葉は都合のよい方便や幻想としてあります。しかしながら、その言葉やカテゴライズの方便さに向き合うことがひとつの傾向と言えるかもしれません。その方便さのそれなりの歳月においてアートは拡張を繰返し、アーティストの神話化もアートの神話化も弱められ、昨今、たとえば公共性や社会性と強くコミットメントするものが隆盛しています。大きいアートから小さいアートへの移行において、小さきアートを抱えつつ、公共性や社会性が大きく代替するような状況です。しかしながら、ここでの在り様は、小さいアートを抱えるのではなく「(アートなしのアーティスト」としてあります。それはアーティストとアートの癒着を断ち、さらに公共性や社会性、生活、世界との癒着も断ちます。それは逃避でも脱構築でもありません。政治、公共性、社会全般、生活、世界、それらが悪しきにしろ良きにしろに関わらず、それらを批判し、解体する在り方と言えるかもしれません。探求されるのは、新しい建築物よりも、解体によって現れる荒野です。

消費者、鑑賞者、参加者、パトロン

アーティストが世界各地に滞在し、制作をするアーティスト・イン・レジデンスは20世紀後半において充実しました。ここでは反対にアーティスト(の棲まい、活動)自体に人々が滞在するプログラムとして「レジデンス・イン・アーティスト」という言葉を掲げ推進します。アーティストは非営利活動をします。ですので経済的に困窮する者が多数です。そこで求められるのは、あなたの経済がアーティストの経済を支援するのではなく、あなたの経済がアーティストの経済に蝕まれ、ときに共に破綻することです。それはポストパブリックとしての新しいアンダーグラウンドの設計です。そこではアーティストだけでなく、消費者、観賞者、参加者、パトロンなどといった類いもが破綻します。

パブリック、アンダーグラウンド、プライベート

個人(プライベート )の活動がアンダーグラウンド、オルタナティブへ展開し、それらが公共性へと押し上げられるのが20世紀における大きなストリームでありました。押し上げられ、拡張を繰り返し、パブリックの領域には膨大なものが抱え込まれています。ここで推進されるべきは一層の拡張へと向かうベクトルではなく、反対ないし新たなベクトルとして、パブリックの領域からアンダーグラウンドへ、プライベートへと引き下げること、奪い返すことです。

プライベート → アンダーグラウンド、オルタナティブ → パブリック // → ニューアンダーグラウンド → ニュープライベート

社会や公共性へ向けられる既存のベクトルとしての「発表」と対比し、ここでのベクトルの在り方を『発裏』と呼びます。一極集中のベクトルから、拡散のベクトルへ。パブリックないし「表」といったある種の全体主義への切断、解体として『発裏』はあります。