Writing
言葉と物質、マイナスの創造
橋本聡2024
初出|個展「なくなる」(2024, Aoyama Meguro, Tokyo)に寄せて
言葉は物質の一種であり、物質は言葉の一種である。
水の分子「H₂O」は、1つの陽子と1つの電子を持つ水素原子「H」が2つと、8つの陽子、8つの中性子、8つの電子を持つ酸素原子「O」によって構成される。これは「w」「a」「t」「e」「r」 の文字が「water」という単語を構成するのと同じデジタルな構造だ。点、線、文字、単語、文、文章といった階層構造は、物質の階層構造と射影関係にある。物質とは質量を伴った言葉であり、言葉とは質量を伴わない物質である。
言葉は微小な次元において、人間や人工物のみならず、あらゆる物質に対してもインストラクションやプロンプトのように影響を及ぼす。また物質は、その個別の形態=情報の現れの延長上で、インストラクションやプロンプトのように駆動し、言葉の領域に影響を与える。言葉を紡ぐことは、文章や概念を編み、人間に作用をもたらすだけでなく、全ての物質にも作用を及ぼし、あらゆる事物を編み込む。そして物質は手紙や本のような形でなく、石や水のような形であっても言葉を綴る。
地球上の大気には総重量14兆トンの水(水蒸気、雲)が存在する。そのうち、1日あたり海面へ1兆1000億トン、地上へ3000億トンの雨が降る。地球上の生物の総重量(乾燥重量)は、ちょうどその海面への降水量と同じ1兆1000億トンと計算される。そして、地球上の人工物の総重量は1年あたり300億トンのペースで増え続け、2020年には生物の総重量に並んだ。人工物の総重量には、私たちの住居や所有物、絵画や彫刻といった芸術作品も含まれている。
芸術における「創造」の大半は、大局的には社会的な「生産」と同じベクトルにある。一方で、芸術として括られているものの中には、このベクトルに反する「マイナスの創造」あるいは「反創造」と呼べるものも存在する。それは、量子力学における物質の反対の性質を示す「反物質」に似ている。物質と反物質が衝突して対消滅するように、マイナスの創造は社会の生産や創造と衝突し、対消滅を引き起こす。
そこで探究されているのは、社会において構築されていく建築や都市、あるいは理論や概念ではなく、それらの解体によって現れる荒野だ。それは、新たな構築物のための一時的な空き地ではなく、宙吊りにされ続ける空所。つまり、物質や言語の構築ではなく、物質や言語の解体や消滅による穴である。