Writing
汚れ(ワクチン)
橋本聡2013
「現在のアート〈2013〉」(2013, 森美術館, 六本木ヒルズ森タワー)での発表を「Search&Destory 4号」(2020, CSLAB アートジャーナル)に再掲
とても汚れたものを嫌がる者は多くても、とてもきれいなものを嫌がる者は少ない。汚れたものが心身を害すると考える者は多くても、きれいなものが心身を害すると考える者は少ない。汚れたものを排除しようとする者は多くても、きれいなものを排除しようとする者は少ない。
経済力を背景に得た教育は免疫学や美学を通し、こういったことの不実や危うさを彼らに学ばせる。彼らが読書、芸術鑑賞、ソーシャルワーク、ファッションと勤しむのは、広い意味でのワクチンのためと言えるでしょう。ですが、高値をはたいて購入されたヴィンテージジーンズがちぐはぐに見えるように、彼らの汚れの導入はハリボテに過ぎません。このことへの多少なりともの理解や不安が、芸術への投資に結びついています。ギャラリーなり美術館はドッラグストア、たとえ大麻のような効用だとしても、ヒッピーというよりはヤッピーのためのドラッグへとパッケージされています。「汚れ」も「芸術」もファッションのように流通され販売されるわけです。
もし「作品」が都合のよいワクチンに仕立て上げられていないなら、そこには深刻な病があります。鑑賞者はのこのであっても、見舞いに来、判断に迫られます。他人事のように病の姿を眺めるか、鑑賞者をやめ足を踏み込むか。承知で接触し感染する。熱でうなされ、病を、汚れを伝染させる。
芸術のご活動は「社会」を活性化させることではなく、停滞化ないしは荒廃させることに指針があります。高いビルを築き上げるためではなく、寧ろ粉砕するために。芸術はワクチンではなく、寧ろ病であるべきです。発熱も悪寒も、死も絶滅も排除することはできません。